概念の階層構造
#### 原始仏教 六師外道:釈迦の時代に仏道の他の教えを説いていたた六人 ├プーラナ・カッサパ:道徳否定論者。行為に善悪はなく、報いもないと説く。善悪に対する執着を解放し、平等観を説く。 ├マッカリ・ゴーサーラ:宿命決定論者。すべての生涯は宿命により決定されているとし、業の力では変えられないと主張。 ├アジタ・ケーサカンバラ:唯物論者。業や輪廻の思想を否定し、死後の生存はなく、物質の四要素が再構成されると考える。 ├パクダ・カッチャーヤナ:要素構成論者。七要素(地・水・火・風・楽・苦・生命)から構成され、相互に害することなく存在する。 ├サンチャヤ・ベーラッタプッタ:不可知論者。「ある」「ない」を断言せず、すべての問いに対して答えを避ける立場。 └ニガンタ・ナータプッタ:ジャイナ教の開祖。苦行によって解脱に至ると説く。 無記:仏教において、ある種の問いに対しては回答を避ける立場。存在の有無や魂の恒常性など、真実を追求する上で明確に答えられない問いは「無記」とされる。 中道:快楽主義や苦行主義といった両極端から離れた自由な立場を指し、適度な実践を重視する。過度な快楽や苦行のどちらにも偏らず、平穏な修行を追求する道。 業:行為の蓄積が未来の結果(果報)に影響するという考え方。仏教では、業の作用が輪廻に影響し、善行や悪行によって生まれ変わりの形が決定される。 輪廻:生と死を繰り返す無限のサイクル。業の結果により次の生が決まり、苦から脱するためには輪廻からの解脱が必要とされる。 縁起(十二支縁起) ├無明:根本煩悩たる無知や錯覚。すべての苦しみの前提条件であり、行の必要条件。 ├行:無明を十分条件として、心身を形成し行動する作用。識の必要条件。生理的な反応や意思による行動。 ├識:行を十分条件とする識知機能。名色の必要十分条件。生理的な反応や意思による行動があるので、認識が生まれる。 ├名色:識を必要十分条件として表れる認識の内容(シニフィエ)とそれを意味する表現(シニフィアン)。識の必要十分条件であり、六入の必要条件。事象と法則の認識があるので、言葉の意味の対応がある。 ├六入(六入処):名色を十分条件とする六根(五感と意識)。触の必要条件。認識とそのフレームワークがあるので、心と感覚器官が外界からのものとして刺激を受け入れる。 ├触:六入を十分条件とする六境(感覚対象)との接触。受の必要条件。外界からの刺激があるので、外部刺激と内部感覚の接触がある。 ├受:触を十分条件とする六識(五感と意識)の感受。渇愛の必要条件。外部刺激と内部感覚の接触があるので、快/不快/中立の感覚がある。 │├五識の三受 ││├苦受:不快な感覚(眩しい、臭い等) ││├楽受:快感(美味しい、気持ち良い等) ││└非苦非楽受(捨受、無記):どちらでもない感覚 │└意識の三受 │ ├憂受:精神的な不快感(悲しい、怒り等) │ ├喜受:精神的な快の情動(嬉しい、楽しい等) │ └非憂非喜受(捨受、無記):どちらでもない情動 ├愛:受を十分条件とする六境(感覚対象)への渇愛。取の必要条件。快/不快/中立の感覚があるので、対象に依存する渇愛がある。 │├欲愛:欲望に対する渇愛 │├有愛:生存欲求に対する渇愛 │└非有愛:非生存に対する渇愛 ├取:愛を十分条件とする固執。有の必要条件。渇愛があるので、固執がある。 │├欲取:欲望への取り憑かれ │├見取:見解への取り憑かれ │├戒取:掟への取り憑かれ │└我取:持論への取り憑かれ ├有:取を十分条件とする存在形態。生の必要条件。固執があるので、そのような存在形態が確立する。 │├欲有:欲望としての存在 │├色有:形あるものとしての存在 │└無色有:形なきものとしての存在 ├生:有を十分条件とするそれぞれの存在としての誕生。老死の必要条件。存在形態が概念として存在するので、その存在は誕生する。 └老死:生を十分条件とする老いや死に帰結するすべての苦しみ。存在の誕生があるので、その存在は老いて死滅する。 十八界 ├六根 │├眼 │├耳 │├鼻 │├舌 │├身 │└意 ├六境 │├色 │├声 │├香 │├味 │├触 │└法 └六識 ├眼 ├耳 ├鼻 ├舌 ├身 └意 四法印:仏法の要約となる4つの真理 ├諸行無常:形をなしたすべてのものは無常である(次の瞬間に変化している) ├一切皆苦:形をなしたすべてのものは苦の感受を引き起こす(どちらでもないものも必ず変化し、快いものも必ず滅ぶ) ├諸法無我:認識したすべての現象は無我である(自己は相対的) └涅槃寂静:苦しみのない安らぎの境地が存在する 三特相 ├諸行無常 ├一切皆苦 └諸法無我 三法印 ├諸行無常 ├諸法無我 └涅槃寂静 九次第定:心が次第に静止していく9段階の禅定。初禅を解脱の準備段階として八解脱とも。 ├色界四禅:欲望や煩悩を離れ、次第に精神的な集中力が高まる四つの段階。五禅支が順に減っていき、最後に一境性のみが残る。内面から浮き沈みを鎮めていく。 │├(1)初禅):尋、伺、喜、楽、一境性 │├(2)第二禅:喜、楽、一境性 │├(3)第三禅:楽、一境性 │└(4)第四禅:一境性 ├無色界禅定:物質的な形態を完全に超越し、心の内面的な集中を深めた四つの状態。一切の物質的な対象や感覚を離れた心の働きであり、心が限りなく微細で静かな境地へと導かれる。 │├(5)空無辺処:視覚や物質的な対象を超越し、「虚空は限りない」と意識する状態。禅者は、瞑想の対象を空間の無限性に広げ、虚空そのものに集中し続けることで、形あるものへの執着から解放される。 │├(6)識無辺処:空無辺処を超越して、今度は「識は無限である」と認識する状態。ここでは、虚空ではなく、認識作用そのものの無限性に意識を向け、外的な対象を排しながら、内なる心の無限さを体験する。 │├(7)無所有処:識無辺処を超越し、「何も存在しない」という状態に至る。ここでは「無(空)」に完全に集中し、物質も意識も超えた「何もない」状態の中に心は安らぐ。 │└(8)非想非非想処:無所有処を超えたさらに微細な状態で、ここでは「想(表象)」があるともないとも言えない境地。完全な静寂と共に、認識や表象の活動がごく微細に保たれ、言葉では表現しがたい状態。 └無心二定:最も高度な静寂の境地。 ├無想定:表象が完全に滅した状態 └(9)滅尽定(想受滅):想(表象)と受(感覚)を完全に滅し、一切の心的活動を休止させた境地で、ブッダ以前に到達した者はいない。聖者のみが入れる定とされ、生命活動が停止しているように見える。 五禅支:禅定のための5つの要素 ├尋:大雑把に考察を巡らせる思考 ├伺:詳細に考察を掘り下げる思考 ├喜:精神的な快の感覚 ├楽:身体的な快の感覚 └一境性:認識対象のある側面に対する一瞬一瞬の集中 三学 ├戒:悪から離れた善の行為の実践。正語、正業、正命。 ├定:心の散漫を離れた集中の実践。正精進、正念、正定。 └慧:偏りのない真理を見極める実践。正見、正思惟。 四諦八正道 ├四諦 │├苦聖諦:知られるべき苦についての真理 │├苦集聖諦:断ぜられるべき苦の原因についての真理 │├苦滅聖諦:証せられるべき苦の消滅についての真理 │└苦滅道聖諦:修せられるべき苦の消滅の道についての真理 └八正道 ├正見:正しい禅定の前提条件としての正しい見解 │└四諦 │ ├苦諦:四苦八苦という真理 │ │├生:生起 │ │├老:衰失 │ │├病:変異 │ │├死:消滅 │ │├怨憎会:不都合なものとの結合 │ │├愛別離:好都合なものとの別離 │ │├求不得:求める好都合なものが得られないこと │ │└五取蘊:5つの範疇で構成される心身は制御できないこと │ ├集諦:苦の原因という真理 │ │└六処において愛が生起し固着することで、苦が生じ存続する │ ├滅諦:苦の消滅という真理 │ │└六処において愛が捨棄され止滅することで、苦が滅し再起しない │ └道諦:苦の消滅の実践についての真理 │ └八正道 │ ├正見 │ ├正思惟 │ ├正語 │ ├正業 │ ├正命 │ ├正精進 │ ├正念 │ └正定 ├正思惟:正しい見解を前提とする正しい思惟(主義>思惟>思考) │├三善覚 ││├離欲覚:欲望から離れるよう志す ││├無瞋覚:憎悪をなくすよう志す ││└無害覚:害意をなくすよう志す(「悪意がないなら悩ませてもいい」とは考えない) │└意業 │ ├不慳貪:激しい欲をいだかない │ ├不瞋恚:激しい怒りをいだかない │ └不邪見:誤った因果関係の見解を持たない ├正語:正しい見解を前提とする正しい発言 │└口業 │ ├不妄語:嘘や間違いを語らない(正しい言葉の中身) │ ├不両舌:中傷や陰口をしない(正しい言説の相手) │ ├不悪口:暴言や汚言を吐かない(正しい言葉の外身) │ └不綺語:無駄口や綺麗事を聞かない(正しい言説の機会) ├正業:正しい見解を前提とする正しい行為 │└身業 │ ├不殺生:生き物の命を奪わない │ ├不偸盗:与えられていないものを奪わない │ └不邪淫:不誠実な性行為をしない ├正命:正しい見解を前提とする正しい生計 │├衣食住薬:必要最低限のもので生活し、不満を抱かない │└非不如法:規則や時節を犯さない ├正精進:見解から生計までを正しくするための努力 │└四正断 │ ├断断:既に生じた悪を除くように勤める、対処 │ ├律儀断:まだ生じない悪を起こさないように勤める、予防 │ ├随護断:まだ生じない善を起こすように勤める、改善 │ └修断:既に生じた善を大きくするように勤める、改良 ├正念:見解から生計までの正しい気づきが生まれる場所 │└四念処(四念住) │ ├身念処:身体についての観察を行い、熱心に、明瞭に、注意深く、心を集中して、世間の貪欲と悩みを除去しながら過ごす │ │└不浄観:身体は不浄であるという気づき(身体はその維持に好都合なものを清く感じ摂り入れ、不都合なものを排泄し汚く感じる機構である) │ ├受念処:感覚についての観察を行い、熱心に、明瞭に、注意深く、心を集中して、世間の貪欲と悩みを除去しながら過ごす │ │└一切皆苦(一切皆空):すべての形を成したものはどうにもならないという気づき(快感にとどまることは不可能で、快感や不快感の繰り返しそれ自体がむなしい) │ ├心念処:心についての観察を行い、熱心に、明瞭に、注意深く、心を集中して、世間の貪欲と悩みを除去しながら過ごす │ │└諸行無常:すべての生理反応は無常であるという気づき(心理作用が常に変化し続け、それによって生理反応が起こり続ける) │ └法念処:思考の対象についての観察を行い、熱心に、明瞭に、注意深く、心を集中して、世間の貪欲と悩みを除去しながら過ごす │ └諸法無我:認識したすべての事象が自分ではないという気づき(ある現象の認識が成立するには、それとは別の現象が必要で、個別存在は他のすべての存在と相互関係で成立する) └正定:他の七つの正道を必要条件とした正しい集中の4段階 └四禅 ├初禅:離欲、離不善法、有尋有伺、離生喜楽(欲望や不善な法から離れて、思考を巡らせ確認しながら、その中で喜びと心地よさを感じて過ごす境地) ├第二禅:無尋無伺、定生喜楽(思考を静め、内面の安定と心の一点集中を伴いながら、、その中で喜びと心地よさを感じて過ごす境地) ├第三禅:離喜妙楽(喜びを超越して心を平等にし、観察し知覚しながら、体に心地よさを感じる境地) └第四禅:非苦非楽(精神的にも身体的にも感情や感覚が消失し、幸福と苦痛の両方を放棄しながら、苦も楽もない清浄な平等観と念の境地) 五蓋:5つの修行の妨害 ├欲愛:欲望 ├瞋恚:憎悪 ├昏沈睡眠:心の沈滞と眠気 ├掉挙悪作:心の高揚と悔恨 └疑:心の疑惑 五取蘊 ├色蘊:形態や身体 ├受蘊:感覚器官を通して得た感覚や感情 ├想蘊:経験や記憶を基にして起きる知覚や想起 ├行蘊:意思決定や反応、行為 └識蘊:接触によって生じる認識基盤 六処:渇愛の生起と止滅の起こる6つの場所 ├眼と色 ├耳と声 ├鼻と香 ├舌と味 ├身と触 └意と法 四神足:神通の足場 ├欲神足:意思を伴う意欲の瞑想 ├勤神足:意思を伴う努力の瞑想 ├心神足:意思を伴う専心の瞑想 └観神足:意思を伴う考察の瞑想 五根:前進への機根、モチベーションメディエータ、根は栄養を吸い上げる機能と植物自体を支える力を持つ ├信根:目的に信頼を置くための情報収集 ├精進根:目的遂行を妨げる悪因子を避け、遂行を支える善因子を揃え、新たに必要な要因を実行し、予測できなかった要因に注意する ├念根:リアルタイムに起きていることだけが現実であり、過去や将来に感情を流されず、柔軟に調整しながら目的遂行する ├定根:目的遂行に不要な心を捨てて集中し、集中による至福に愛着せずに、心を対象と一つにする └慧根:苦の尽滅という目的にいたるために苦が生じ滅する因果関係を知る 五力:機根(組織)を機能させるための機動力、モチベータ、組織自体が力になる(念定は慚愧とすることもある) ├信力:情報収集による如来の悟りへの確信は前進へのモチベーションとなる ├慚力:身口意の悪い行為を恥じること、恥によって念や定が力を発揮する ├愧力:身口意の悪い行為に良心がとがめること、咎によって念や定が力を発揮する ├精進力:悪を捨て善を起こすために保持する堅固な努力はそれ自体がモチベーションとなる └慧力:現象の生滅の原因、条件、結果を鋭く見通し選択決意する智慧は推進力となる 七覚支:解脱の基礎となる7つの要素 ├念覚支:四念処において現れた正しい念(気づき)は、忘れずに心に刻み込まれる ├択法覚支:気づいていると、その法(認識した対象や教え)を、智慧によって、精査し、検討し、考慮すべき変数すべてについて遍く考察を引き起こす ├精進覚支:その法を考察していると、向上心が衰えずに強まる ├喜覚支:精進に励んでいると、下らないことで喜ばなくなり、洗練されたものに対して喜びが生起する ├軽安覚支:喜びがあると、身体的にも精神的にも安心して軽快になる ├定覚支:安心感と軽快感があると、心は一つのことに集中できるようになる └捨覚支:そのように心がよく定められていると、心を善くしっかりと点検できるようになる 三十七道品 ├四念住:気づきの起こる4つの場所 ├四正断:4種の正しい努力 ├四神足:4種の神通の足場 ├五根:解脱を得るための5種の機根 ├五力:解脱を得るための5種の動力 ├七覚支:解脱の基礎となる7つの修行の要素 └八正道:解脱に至るための8つの実践徳目 戒律:入信には三帰依と受戒を必要とされる ├三帰依:三宝に帰依すること │├仏:釈迦如来 │├法:教え │└僧:出家した仏道修行者 ├戒:悪行為から自発的に身を守るためのもの │└五戒 │ ├不殺生 │ ├不妄語 │ ├不偸盗 │ ├不邪淫 │ └不飲酒:酔わせる酒や麻薬を摂取しない └律:教団運営上の規則 四梵住(四無量心):相対的な関わりの中でこれらの心を成長させれば、絶対的に正しい心のありようが理解される ├慈:与楽、誰とでも仲良くしようとする親愛の気持ち、他者へあえて憎悪しようとは思わなくなる ├悲:抜苦、誰かの悲しみを自分のことのようになんとかしようとする気持ち、他者へあえて悩害しようとは思わなくなる ├喜:共喜、誰かの喜びを自分のことのように喜ぶ気持ち、他者にあえて不満を持とうとは思わなくなる └捨:行捨、誰にでも冷静な態度で客観的でいる気持ち、他者とあえて敵対しようとは思わなくなる #### 大乗仏教 菩薩: 六波羅蜜: ├布施:与えること。施すこと。 │├財施:財物を施すこと │├法施:教えを施すこと │└無畏施:安心感を与えること ├持戒:戒律を守り、正しい行為を行うこと │└十戒(十善戒) │ ├不殺生:生き物の命を奪わない │ ├不偸盗:与えられていないものを奪わない │ ├不邪淫:(在家は配偶者以外と)性行為をしない │ ├不妄語:嘘を言わない │ ├不悪口:乱暴な言葉を使わない │ ├不両舌:中傷しない │ ├不綺語:無駄なお世辞を言わない │ ├無貪:貪らない │ ├無瞋:怒らない │ └正見:道理に即した見解を持つ ├忍辱:苦難や迫害に耐え忍ぶこと ├精進:不断の努力 ├禅定:一切を空・無相・無願と観ずる三種の定(三昧、samādhiの音訳)。禅はdhyānaの音訳。 └智慧:真理を見抜き、解脱を得るための智慧。 三解脱門(三三昧): ├空三昧:すべて存在、あるいは現象は空であると観ずること ├無相三昧:空であるゆえ種々の相はない、すべての存在には差別的な相がないと観ずること └無願(無作)三昧:無相なるゆえ願求すべき欲望の対象でないと観ずること 中観派:空観の哲学。すべての現象は本質的に「空」であり、独立した存在ではないとする。 └空観: 唯識派: ├四分:認識作用が起こるとき心それ自体(自体分)がはたらきごとに四つの領域に分かれる │├自体分:見分、相分に転変して我、法を施設する。認識作用が自覚的なので、確認作業をするはたらきから自証分という │├見分:見るもの │├相分:見られるもの ││├本質相分:阿頼耶識内で認識される種子、有根身、器界 ││└影像相分:前五識と第六意識内に本質相分を影像として浮かべることによって外的な世界の認識が具体化される │└証自証分:自覚的に認識する自証分を確認する ├八識心王とその対象 │├初能変(異熟識) ││└第八阿頼耶識 ││ ├阿頼耶識の認識対象 ││ │├執(執持):種子(業種子、過去の行動情報)の保持 ││ │├受(受領):有根身(肉体のこと)を支え、維持する ││ │└処:器界(自己を取り巻く環境) ││ └阿頼耶識(ālaya-vijñāna、ālaya=蔵) ││ ├能蔵:持種の義、種子をよく保持するから ││ ├所蔵:受熏の義、現行を熏習する場であるから ││ └執蔵:我愛縁執の義、末那識に実我と誤認され愛執されるから │├第二能変(思量識) ││└第七末那識 ││ └末那識の認識対象:阿頼耶識 │└第三能変(了別境識) │ ├前五識 │ │├眼識:色境 │ │├耳識:声境 │ │├鼻識:香境 │ │├舌識:味境 │ │└身識:触境 │ ├第六意識 │ │└意識:法境 │ └別境の境(慧のみ阿頼耶識を対象として第七末那識にも相応し、それ以外は前五識と六識に相応する) │ ├欲:所楽(しょぎょう)の境 │ ├勝解:決定(けつじょう)の境 │ ├念:曾習(ぞうじゅう)の境 │ ├定:所観の境 │ └慧:所観の境 ├阿頼耶識の生死相続:肉体が死滅し阿頼耶識の見分が相分の有根身や器界を認識できなくなると、諸業の習気と二取の習気が関わり合いながら結生の識となって赤白二滴(受精卵)と合体する。種子は劣化せずに保存され、前の生存の果報として次生に受け継がれるので異熟という。 │├諸業の習気:阿頼耶識にプールされた業種子(さまざまな善や不善の行動情報) │└二取の習気:主客によって二元対立化された名言種子 │ ├能取:主体 │ └所取:客体 ├広縁の意識:現量・比量・非量にまたがって思考する │├五倶の意識:前五識のいずれかとともにはたらく意識 │├不倶の意識:前五識を伴わない意識 ││├五後の意識:前五識の認知後にはたらく意識 ││└独頭の意識:単独ではたらく意識 ││ ├定中の意識:深い瞑想中にはたらく意識 ││ ├夢中の意識:極睡眠(NonREM睡眠)以外の睡眠中にはたらく意識(REM睡眠) ││ └独散の意識:どんどん広がっていく意識 │├現量:対象を現在という一瞬をきりとったそのままの認知、五識は現量のみを認知する │├比量(ひりょう):時間経過の中で比較できる形で推測や憶測などを交えた認知 │└非量(ひいりょう):間違った認知 ├意識常現起:以下の場合を除いて第六意識は常にはたらく │└意識がはたらかないとき │ ├無想天:色界第四禅天 │ ├無心二定 │ │├無想定:六識がはたらかない │ │└滅尽定:第六意識と第七末那識がはたらかない │ └睡眠与悶絶:極睡眠時と気絶時 ├二障 │├我執(煩悩障):自己に対する執着、法の用 │└法執(所知障):自己にかかわりのあるものに対する執着、法の体 ├五位 │├資糧:我執や法執を抑制することさえできないが、発心して日常的に菩薩行を実践し、真実の世界を窺うための歩みを資(たす)ける糧をひたすら積む階位 │├加行:識が見分と相分へ転変して認識が成立することに完全に納得できておらず、心に浮かんだ相分に過ぎない真如を真如そのものと勘違いする階位 │├通達:真如に通達する(二取の相を離れて無分別智がはたらきはじめる)階位。識による認識から智による覚知へと拠り所が変化する │├修習:私たちの思議を超えた世界で、煩悩障と所知障がおのずと完全に脱落する(二転依の妙果)ことで、涅槃を得、菩提(覚りの智慧)を証する階位。自己と自己にかかわるすべてが、その智慧を拠り所として転依(再編すること)される │└究竟:大乗仏教の究極の真理を証する階位 ├三性:迷いの世界から解脱の世界までを成り立たせる性質 │├遍計所執性:実際は虚妄分別した誤った表象であるのに、ものごとが実体として存在すると誤認した世界の性質。実有。 │├依他起性:根源的な無知あるいは過去の業の力によって、縁の一時的な和合としての世界のあり方の性質。仮有。 │└円成実性:修行によって阿頼耶識が二取の相から離れた真実の世界のあり方の性質。真有、妙有。 ├三無性:無の観点で考察される世界の性質 │├相無性:相(実体)がない │├生無性(無自然性):ある条件下、様々な原因が一時的に和合して在るのであり、自然に生じたものではない │└勝義無性(真如、唯識実性):執着の対象である自己と自己にかかわるすべてを手放し、隔絶したところに顕れる性質で、常にそれそのものとしてあり(常如)、私たちが真に求めるべき勝れたもの(勝義) ├転識得智 │├阿頼耶識:大円鏡智 │├末那識:平等性智 │├意識:妙観察智 │└前五識:成所作智 └六位五十一心所 ├遍行 │├触 │├作意 │├受 │├想 │└思 ├別境 │├欲 │├勝解 │├念 │├定 │└慧 ├善 │├信 ││├実の信忍:現実を認める。実は事と理からなる。信憑性。 │││├事:個々の事象 │││└理:事象を貫く法則 ││├徳の信楽:理想を頼る。信仰。 │││├仏:リーダー │││├法:教え │││└僧:仲間 ││└能の信欲:能力を求める。自信、信頼。 │├慚:道徳に照らした恥 │├愧:倫理に照らした良心の咎 │├三善根 ││├無貪 ││├無瞋 ││└無癡 │├勤 │├安(軽安) │├不放逸 │├行捨 │└不害 ├(根本)煩惱 │├三毒(三不善根) ││├貪 ││├瞋 ││└癡(無明) │├慢 │├疑 │└悪見(不正見) │ ├身見(薩迦耶見) │ ├辺見 │ ├邪見 │ ├見取見 │ └戒禁取見 ├隨煩惱 │├小随煩悩 ││├忿 ││├恨 ││├覆 ││├惱 ││├嫉 ││├慳 ││├誑 ││├諂 ││├害 ││└憍 │├中随煩悩 ││├無慚 ││└無愧 │└大随煩悩 │ ├掉挙 │ ├昏沉 │ ├不信 │ ├懈怠 │ ├放逸 │ ├失念 │ ├散乱 │ └不正知 └不定 ├悔(悪作) ├眠 ├尋 └伺 如来蔵思想:あらゆる生きものがいつかは仏になり救済されうるという思想 └一切衆生、悉有仏性:生きとし生けるものが皆、如来を胎内に宿している 密教: └即身成仏:絶対的な真理を体現する大日如来と自己との合一 般若経: 維摩経: └不二の法門: 華厳経: └三身仏: ├応身仏: ├報身仏: └法身仏: 法華経: ├一乗妙法: ├久遠本仏: ├小乗: │├声聞: │└縁覚: ├三乗: │├声聞: │├縁覚: │└菩薩: ├開三顕一: │├声聞: │├縁覚: │└独覚: └十如是:仏が覚った諸法実相[しょほうじっそう]を把握する項目。相・性・体の三如是は、事物の本体部分であるのに対し、力・作・因・縁・果・報・本末究竟等の七如是は、本体にそなわる機能面を表す。 ├如是相:相とは、表面に現れて絶え間なく一貫している性質・性分 ├如是性:性とは、内にあって一貫している性質・性分 ├如是体:体とは、相と性をそなえた主体 ├如是力:力とは、本体に内在している力、潜在的能力 ├如是作:作とは、内在している力が外界に現れ、他にも働きかける作用。次の因・縁・果・報は、生命が変化していく因果の法則を示している。 ├如是因:因とは、本体に内在する直接的原因 ├如是縁:縁とは、外から因に働きかけ、結果へと導く補助的原因 ├如是果:果とは、因に縁が結合(和合)して内面に生じた目に見えない結果 ├如是報:報とは、その果が時や縁に応じて外に現れ出た報い └如是本末究竟等:本末究竟等とは、最初の相(本)から最後の報(末)までの九つの如是が一貫性を保っていること 無量寿経: ├本願: └極楽浄土: